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07 May 09

Gifted Interface

俺だ。ケイスだ。

カウボーイファミリーの一員である増井さんが2chに降臨して叩かれたりしているのを見て、天才過ぎると苦労もあるなと思った。

俺は増井俊之さんを無条件に尊敬してて、崇拝すらしているので、それを前提に読んでほしい。

増井さんは以前Podcastの収録のなかでさかんにSKKという日本語入力UIを薦めてくれたんだけど、確かに慣れれば早いかもしれない。けど、慣れるまでが大変だし、大多数の人はあまり苦労してまで新しいUIに慣れたいとは思わないだろう。俺はだめだった。

天から才能を与えられた人を俗にGiftedと呼ぶらしい。

俺はその正確な定義を知らなかったんだけど、Wikipediaにかなり詳しく書いてある。

ま、その真偽はともかく、増井さんは間違いなくGiftedだと思う。

で、もし仮にそうだとすれば、Giftedな人たちというのは、Giftedでない人たちの気持ちは永久に理解できないのではないだろうか。

それはGiftedで無い人たちがGiftedな人たちの気持ちを理解できないのと同様、元来、分かり合えない存在なのかもしれない。

並外れた集中力で、思考が奔流のように頭脳を駆け巡り、それを出力するインターフェースに大きなボトルネックを感じるGiftedな人たちと、思考のスピードより出力のスピードの方が何倍も速い非Giftedな人たちがいるとしたら、非Giftedな人たちに言わせれば、単純な入力効率よりも入力のしやすさやわかりやすさ、迷いにくさといったものを優先したいだろう。

もっとも、今回の場合、増井さんが非難されているのは主にiPhoneの初期の日本語入力UIが遅かったということらしいので、この例には当てはまらないかもしれない。

ただ、彼が優先したことと、彼が切り捨てことが一部のユーザにとってはとても困った仕様に見えてしまったことは事実らしい。

ひょっとすると、頭の構造や思考様式が異なれば、必要とするUIや最適なUIも異なるので、そもそもGiftedな人が自分向けにUIを作ると、他の人は使えなくて当たり前なんじゃないの?とも思う。

よく、「あいつは頭の構造が違うんだ」という言い方をするけど、本当に構造が違うとすれば、そんなひとに普通の人向けのUIを作らせてはだめなんだろう。きっと。


一部の人に絶大な人気を誇るHappy Hacking Keyboardが万人向けでないのと同様、UIはそのユーザレベルや思考様式に依存するので、最適解というのはひとつもないんだろうな。

UIの話でもうひとつ。

今日、takramの田川さんと久しぶりにあったんだけど、こんな面白いことを言っていた。

 「タッチスクリーンが本当に最適な解答だとはどうしても思えないんだよなあ。

 タッチスクリーンというのは、具象的な存在を指という具象的な存在で直接操作しようとするわけだけど、それだと物理的な制約を受けてしまうんだよね。

 で、タッチスクリーンの方が自然で直感的かというと、ちょっと待てよ、と。

 たとえば、ご飯を食べるときに手で直接食べるのではなくて箸を使ったり、細かい部品をとりつけたりするのにピンセットやラジオペンチを使ったりするように、人間はもともと指を直接使うのではなく、道具を使って操作を抽象化することで、個々人の物理的制約、たとえば指の太さや器用さといったものをある程度は緩和するように進化してきたんじゃないのか。

 だとすると、十字キーというのはすごく偉大で、なにしろタッチスクリーンでは細かすぎて操作できないようなUIであっても、十字キーなら指の操作が一度抽象化されて画面に反映されるから、もっと細かいことができるようになるわけで。

 それは二本指を使って拡大縮小するというUIとは全く正反対の方向なんだけれど、本当はむしろそっちのほうが使いやすいんじゃないかと思ったりもするんだよね。

 道具を媒介することで、一度操作情報を抽象化して、抽象物を操作する方が、結局は自由度が高くできるんじゃないかなあ」

田川さんはUIのデザインを専門とするエンジニアリングコンサルタントで、アーティストでもある。
最近ではドコモのiモード端末に採用されたiWidgetのデザインを手がけたことでも知られている。


彼は紛れも無いGiftedだと思うけど、そのアプローチは主観的というよりも観察的だ。

良い製品を設計するには、「自分が良いと思ったものを作る」という主観的なやり方と、「相手に良いと思ったものを作る」という観察的なやり方がある。


どちらも一長一短があって、ハイブリッドしなくてはいけない。
けれども観察的なアプローチというのは、案外、忘れてしまいがちだ。

人類の上位2%と言われるGiftedな人が残り98%の人も使えるようなものを作ろうと思ったら、観察的な視点を欠かしてはいけないのかもしれない。

ただ、逆にGiftedな人はGiftedな人専用のUIを依然として必要とするだろうから、それを無視するわけにもいかない。

Gifted専用UIというのは、たぶん、ガンダムみたいなものだろう。
ニュータイプ専用。普通の人には、使いこなせない。普通の人には緑のザクやジムが必要だ。

問題はそのふたつが同じ場所にあって簡単に区別できないときだ。

釣竿だったら、上級者向けと初心者向けで分かれて売られている。
ゴルフクラブも、包丁もそうだ。

だからケータイのUIやiPhoneのUIも複数用意してもいいのだろう。
実際、iPhoneには日本語入力手段がふたつも用意されている。これは良い。
俺はiPhoneでの日本語入力はフリック入力でやっている。これなしでは生きていけないくらい、フリック入力でやっている。

ケータイはフリック入力ができないという理由で使わなくなってきてしまった。

フリック入力に慣れると、QWERTYよりケータイよりずっと速く打てる。物理的な制約がそのぶん減るんだから当然だ。

ただ、フリック入力に慣れた人というのは、いわばiPhone版ニュータイプであり、すべての人がフリック入力に慣れるわけではないから、下位互換性が必要だ。

その意味でiPhoneのUIはとてもよくできている。

QWERTYもフリック入力もケータイ入力もすべてサポートしている。
自分のレベルにあわせて入力手段を選べるわけだ。

入力手段を自分で増やす(プログラミングによって)方法が提供されていればもっといいのになあ。 

(ケイス)